『栄養と料理』2024年5月号
“郷土料理のおいしい減塩”を目指したら、
こんな料理ができました
番外編
長崎県鷹島
《吉乃や》の角寿司
写真/公文美和 文/浜岡(本誌)
日本うま味調味料協会が主催する「うま味調味料活用! 郷土料理コンテスト2023」の準優勝チーム「鷹島屋」が応募作品のレシピのルーツとして参照した、長崎県鷹島に伝わる「角寿司」を、鷹島にある旅亭《吉乃や》の女将さんに作っていただきました。そのシーンを番外編としてご紹介します。
★おいしく減塩し、家庭でも作りやすいくふうを加えた「鷹島屋」の角寿司レシピはこちら。
東京からは飛行機で福岡空港まで移動し、空港からレンタカーで2時間弱。日本海に沿って有料道路を走って行くと、徐々に交通量が少なくなり、山間の道を経て島に通じる大きな斜張橋に出る。
海の間に貫かれた約1kmの鷹島肥前大橋を渡った先が人口約1,700人の鷹島(長崎県松浦市)。2009年に橋が開通して交通の便がよくなったが、かつては船を利用して行き来していたという。
島のおもな産業は農業、漁業、石工業。チーム鷹島の満崎真弓さんと妹の持田由理子さんの父親は漁師で、家庭で魚を口にすることも多かったようだ。二人とも現在は嫁いで熊本に住んでいるが、母親の本山クニ子さんは今も鷹島で四女の郁子さんとともに暮らしている。
進水式や結婚式を祝う定番の祝い寿司から、幻の味へ
《吉乃や》は明治元年に創業した旅亭で、夜は宿とバー、昼はレストランとして営業するほか、仕出しにも対応している。本誌54〜55ページで紹介したチーム「鷹島屋」の代表、満崎真弓さんは、ここでアルバイトをしていたことがある。真弓さんの母親がこの旅亭の大女将と親しかったからだ。
かつて、「角寿司」は鷹島のどこの家庭でも作る料理だったという。夫が漁師だったという本山クニ子さんも自身のレシピを持つが、その界隈では夫の妹である「伊藤のおばちゃん」が料理じょうずとして慕われている。また《吉乃や》の大女将は何十年もの間、地元の人々の祝宴でこの角寿司を作ってきた大ベテラン。しかし、いずれも80歳代以上。あいにくこの撮影を希望した時期、それぞれの作り手は病気による入院を経たことで体力面のむずかしさがあるという。そこで、伝統レシピの作り手としては若手になるが、現在の女将に担ってもらうことになった。
ちなみに、たまたまこの日、《吉乃や》では4年ぶりの進水式が行なわれていた。若々しい漁師たちがパリッとしたスーツを着て集まり、夜遅くまで宴を楽しんでいたが、そんなにぎやかな光景は新型コロナの流行でしばらく見られなかったのだという。そもそもが祝宴用の料理である「角寿司」。昨今では過疎が進み結婚や出産といった祝い事よりも不祝儀のほうが多い中、顧客からは法事のリクエストもあったが、さすがに断った。
ブリをさばいて切り身にする
本格的な角寿司は、ブリをさばくところから始まる。そして焼いたアラを酢に一晩つけておくという手順があるため、二日がかりとなる。
撮影初日は雨。当初、旅館の厨房でブリをさばいてもらう予定が、東京からの飛行機が遅れたために宿の厨房を撮影に使える時間を過ぎてしまい、急遽、本山さんの自宅で撮影することになった。ブリの大きさのわりにまな板や包丁が小さいのは、そんな慌ただしい事情も影響している。しかしそこは手慣れたもので、大畑さんはむずかしさを声に出しつつも、着々と作業を進めていった。
その間、チーム「鷹島屋」の撮影も同時に進めることとなり、カメラマンはあっちへ行ったりこっちへ行ったり……。伝統レシピは鷹島に住む複数の人に聞きとりをして割り出したと聞いていたが、具体的に作業が始まってみて家庭による違いが見られることもあった。たとえばブリのアラは塩をする家としない家があるらしい。《吉乃や》のレシピでは「塩なし」。それから、うま味調味料の使い方。《吉乃や》ではハイミーをよく使うのだという。「火を通さないものは味の素、火を通すものはハイミー」と先代から教わったそうだ。
アラを焼いて身をほぐし、根菜を刻んでいっしょに煮る(具)
酢飯を作り、押し寿司を仕上げる
ひとしきり仕込みを終えて解散した翌朝。場所を《吉乃や》の大広間に変えて、角寿司を知る人々が集結することに。天候にも恵まれ、会場には朝から明るい光が差し込んでいた。早々にやってきたのは車椅子の大女将。半年入院していたそうで「スプーンでも落とすばってね」と笑う。
熊本からやってきた持田一家が酢飯づくりを手伝い、錦糸卵づくりを担う。そして満崎家はコンテスト作品を仕上げ、女将は《吉乃や》の角寿司を仕上げる。最も時間がかかったのが《吉乃や》の「酢飯の味加減」。「(作る)おばちゃんによって味ちがう」というように、人それぞれ好みで味をつけるようだ。”手加減”をまのあたりにした大量の酢飯づくりは大胆に見えたものの、大量調理ゆえのボリューム感であり、「さっきより寿司に近い」とか「甘かほうがおいしかもんね」とかいいながら調整するうちにちゃんと皆が納得する味に着地する様子がおもしろくも感じられた。
再びカメラマンが会場を駆け巡ることとなり一時現場は混沌としたものの、無事に2つの角寿司ができ上がった。ここ数年は、みんなで力を合わせて料理を仕上げたり、ただそんな光景をそばでながめたり、一緒に食べることが難しい時期があった。だからこそ、2つの角寿司を食べ比べながら、各地から多世代の人々が集まり共に語らえることの幸福感も同時に味わえたひとときとなった。
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