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『国語辞典を食べ歩く』出版記念 サンキュータツオさん インタビュー 「国語辞典と味めぐりの旅へ!」

栄養と料理

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サンキュータツオ

学者芸人

月刊『栄養と料理』の連載「このコトバ、国語辞典に聞いてみよっ」をまとめた書籍『国語辞典を食べ歩く』が発売になりました!

著者のサンキュータツオさんに書籍化への思いやご自身の思い出の味についてインタビューしました。

1976年、東京生まれ。早稲田大学大学院文学研究科日本語日本文化専攻博士後期 課程修了。漫才コンビ「米粒写経」として活躍する一方、一橋大学等で非常勤講 師を務める。『広辞苑 第七版』(岩波書店)サブカルチャー分野担当。「個性豊かな国語辞典たちの、食にまつわる言葉を読み比べています。ぜひお楽しみください」<br />
1976年、東京生まれ。早稲田大学大学院文学研究科日本語日本文化専攻博士後期 課程修了。漫才コンビ「米粒写経」として活躍する一方、一橋大学等で非常勤講 師を務める。『広辞苑 第七版』(岩波書店)サブカルチャー分野担当。「個性豊かな国語辞典たちの、食にまつわる言葉を読み比べています。ぜひお楽しみください」

辞書にはそれぞれ「人格」があるんです

――今年で連載も7年目、いつも新鮮な発見をありがとうございます。書籍化にあたり6年間をふり返る形になりましたが、この機会に、ご自身のことや国語辞典について、いろいろ伺わせてください。

タツオ 6年なんですね。もっと長いような気がしていたけど、意外とそんなに経っていない気もする。でも、毎月2ページの連載が本になるって、やっぱり相当な年数ですよね。ありがたいです。久しぶりに読み返してみて、あ、あのときこういうの調べたなあ、とか、連載には入れられなかったけど、この情報を入れようと思っていたなあ、とか、いろいろ思い出しながら作業しましたね。

――タツオさんは東京のご出身ですよね。子どものころの思い出の味といえばなんですか。

タツオ 東京出身ですけれど、母の実家が奈良なので、物心ついたときから毎年お正月は奈良で過ごしていました。そこで食べる丸餅がすごくおいしかったのを覚えています。焼いて磯辺焼きにしたり、きなこをまぶしたり、大根おろしをまぶしたり、お雑煮にしたり、ぜんざいにしたり……奈良の家は漫画に出てきそうな感じの古い日本家屋で、蹲(つくばい)とかもあったりして、そういう雰囲気の中で食べる丸餅がすごく印象的でしたね。

母は、私が幼稚園のころから入退院をくり返していた父の看病であまり家にいなくて、小学2年生で父が亡くなってからも忙しく働いていたので、どちらかというと「祖母の味」というものがしみ込んでいるのかな。隣に住んでいた東京の祖母も、よく料理を作ってくれました。きめ細かなパン粉を使った、ふわふわで俵形のじゃが芋のコロッケがとにかくおいしくて、「コロッケはソースをつけなくてもおいしい」と、私はアンチ・ソース派として育てられました(笑)。だからなのか、いまだにじゃが芋が大好きですし、食の好みが明治大正期のおじいちゃん、おばあちゃんにけっこう似ています。

母とは、仕事帰りに新宿で待ち合わせて外食したことのほうが印象に残っているかな。でも、焼き肉とか、すしとかじゃないですよ。こういう「高ければ高いほどおいしいもの」は多分、30歳過ぎてから知ればいいことじゃないかな、ってちょっと思います。実際、子どものころはウニやイクラのよさなんて全然わからなかった。蟹もあまりピンときていなくて、はじめておいしいと思ったのは大学時代、釧路出身の友達の実家から送られてきたタラバガニでなべをしたときだったし、ウニとイクラも、彼の実家に遊びに行ったときにはじめておいしいと思った。本当にうまいものを食べてようやく味の補完ができるようになるんだなと、そのとき理解しましたね。

――中学・高校のころは、学校帰りに友達とどこかに寄って食べたりしましたか。

タツオ やっぱりラーメンですね! ラーメンって、私が高校生ぐらいのとき(1990年代ごろ)から急激においしくなり始めた料理だと思うんです。当時は喜多方ラーメンが進出してきた時期で、めんが見えないくらいチャーシューが敷きつめられた《坂内食堂》のラーメンがけっこう有名でした。学校帰りに新宿で映画を観て、《坂内食堂》でラーメンを食べて帰る、っていうのが当時の最っ高の一日でした。

私は荻窪出身なんですけれど、荻窪にはラーメン屋がたくさんあるんですよ。今のトレンドからは完全にとり残された、ガラパゴス諸島みたいな古めかしい味です。でも、私はこの、昔ふうの魚介スープのあっさりしょうゆラーメンが好きで、いまだに通っていますし、毎日食べられるのは、最終的にはあっさりしょうゆラーメンだろうと思っています! 中野から東は再開発されすぎちゃった感がありますが、荻窪はまだ昭和の匂いが漂っていて、それも好き。

――大学時代は?

タツオ 《メルシー》っていう安い食堂に通っていましたね! 頼むのはいつもラーメンの「うすめ」。しょっぱいのが苦手で体力消耗するので、いつも「うすめ」。

学部のころの90年代後半、早稲田通りには、大学から高田馬場までの間にまだ古本屋と雀荘がたくさんあって、雀荘には名物のカレーとかがあったんですよ。この雀荘に行ったらこのカレー、もっといえば、カレーがおいしいからこの雀荘でやろう、みたいなこともあるくらいだったんですけれど、もう古本屋も雀荘も全部なくなりましたね。そういう意味では文化が少しずつ、少しずつ、変化している感じがありますね。

国語辞典のおもしろさに気づいたのは、このころです。1年間、国語辞典の比較をするゼミがあって、最初は「こんなので1年もつわけないだろ……細かい違いだけ比較しても、それはたまたまだろうし」と思っていたのが、実際やってみたら、「たまたま」どころじゃなかった!

――そこが原点なんですね。国語辞典のおもしろさは、どういうところですか。

タツオ 辞書って「意味を調べるもの」だと思っている人が多いかもしれませんが、じつは使い方の用例(どういう動詞とつながるか、とか)が豊富だったり、発音を知ることができたり、品詞分類はもちろん、語源情報とか、いつごろ使われていた言葉なのか、というようなことを知るキッカケになるんですよね。意味を引くだけじゃない「読み物」である、っていうことがまずおもしろいです。

そして、大勢の人が関わって作っているんですけれど、辞書ごとに「人格」があるんです。これはけっして偶然ではなくて、辞書を生み出した人がある程度設計しているからなんです。そうしないと、ただひたすら情報を詰め込んだだけの書物になっちゃいますからね。

たとえば、「りんご」っていう項目ひとつをとっても、りんごの中でとりたててなにを説明しようとするのか、けっこう辞書によって違います。日本語で「りんご」という言葉を引く人は、なにが知りたいのか――品種なのか、植物としての分類なのか、用途なのか。そういうニーズをちゃんと満たせるように作りましょう、という設計理念があって、すみずみまでそれが反映された記述になっている。そこにやっぱり人格がある。

そう考えると、辞書はなるべく2冊以上持ってもらいたいな、と思うんです。友達になにか相談をするときは、内容によって相談相手を選ぶじゃないですか。相談相手が複数いる、っていうのは普通のことですよね。辞書も同じで、相談したいことに合わせて回答してくれる辞書があるんですよ。1冊ですべての相談事に対応できる辞書は存在しない。『広辞苑』でも無理。でも、逆にいうと、日本の国語辞典は、たとえば、文法項目を知りたい人には『明鏡国語辞典』、最近の言葉のニュアンスを知りたい人には『三省堂国語辞典』、用法を知りたい人には『新明解国語辞典』、というように、どんなニーズにも対応できる多様性があるんです。

 

 

今、辞書を読み比べるのがおもしろい!

――国語辞典は「相談相手」なんですね。

タツオ そうそう。「言葉には正しい意味があって、辞書にはその正しい意味が載っている」という大きな誤解をしている人も多いですけれど、言葉は生き物なので、時代ごとに意味も変わります。最近では「忖度」という言葉がいい意味から悪い意味になったり、「やばい」という言葉がいろいろな意味を持ち始めたりしています。そういう中で、「この時代はこういう意味だった」ということを定期的に記述しているのが国語辞典なんです。だから、お父さんからもらったのをそのままずっと使っています、というのは、気持ちはわかるんですけれど、避けたほうがいいかな。今の時代に対応した、最新版の相談相手を持つのがおすすめです。

――その中でもタツオさんが「ビッグ4」と呼んでいるのが、『岩波国語辞典』、『三省堂国語辞典』、『新明解国語辞典』、『明鏡国語辞典』。

タツオ 大人向けの辞書で、安定して改訂を重ねていて、個性がはっきりしているもの、ということでこの4冊になりました。2019年には『岩波』が、2020年から21年にかけては『新明解』と『明鏡』が改訂されて、『国語辞典を食べ歩く』にもその内容を反映させていますが、その改訂内容を見ても、辞書の個性はよりとがらせていく方向にあるんだろうと思います。そういう意味で今、辞書業界は活況を呈している面があるので、この時期に辞書の読み比べをするのは、おもしろいと思いますよ。

――これまでにとり上げた中で、調べてみたら意外におもしろかった、というような言葉はありますか。

タツオ 毎回おもしろくて、もう止まらなくなっちゃうんですよね。特に印象に残っているのは「チューインガム」かな。もはやだれも「チューインガム」なんて呼ばないけれど、ちょっと昔の文献を読めばたくさん出てくるし、もはや古風な言葉なので、どの辞典も入れないわけにはいかない。じゃあ、それをどうやって説明するのか。

普通に考えると「嚙むお菓子」とか「嚙んで味がするお菓子」という説明になると思うんですけれど、『広辞苑』には「嚙みつづけて味わう菓子」と説明してあった。嚙み「つづけ」る! 確かにそうだよな、と思ったんですよね。言葉の説明のおもしろさについては『新明解国語辞典』が有名ですが、一見かたそうな『広辞苑』が、この項目ではものすごく頭を使ったくふうを入れ込んできている。おそらくふだんはあまり口にしないだろう食べ物に関しても、編纂者が考えに考えている様子が伝わってきておもしろかった。

お菓子は、はやりすたりが早いので、どのタイミングでその言葉を入れるんだろうっていうことも、また一つの楽しみですね。どの言葉を入れて、どう説明するのか、辞典によってけっこう姿勢が違うのがおもしろい。

――「スイスロール」もそうでしたね。

そうですね。三省堂国語辞典の有名な「ロールケーキ」との違いとかね。あと「ラムネ」もそうですけれど、近代になってから入った言葉なのか否か、外国発祥のものなのか否か、というようなところにちょっと注目すると、日本語ってけっこうおもしろいですよ。

とり上げる言葉を選ぶとき、それを説明するとき、私はできれば、日本語に関する興味も広がるような感じにできたらなあ、と思っています。たとえば、「回転ずし」をとり上げたときは、「回転」と「すし」、二つの言葉からなる言葉だけれど、それぞれの言葉の意味をプラスしただけではその言葉の意味にならない「複合語」というものがあることを説明したり、「ちくわ」では、「レトロニム」といって、新しい概念(たとえば「携帯電話」)ができたことによって、前からあった言葉(「電話」)を別の表現(「固定電話」)にいい直さなきゃならなくなることがある、という話をしたり。聞いたことはあっても、知っているようで意外に知らない「花巻としっぽく」をとり上げてみたり。そんな、日本語の興味を引けるようなものを書いているつもりではあります。

――連載いただくようになってから、食に対する見方が変わったりしましたか。

食べる前に、これはなにでできているんだろう?とか、どういう仕事がしてあるんだろう?ということを考えたり、逐一辞書で引くようになりましたね。でも、とり上げたいなあと思っても、説明に大した違いがない言葉や、ごく一部の辞典にしか載っていない言葉だと「読み比べ」にならないから、ネタとして「読み比べておもしろい」言葉にたどりつくまでが毎回、わりとたいへん(笑)。食材だけじゃなくて、道具とか、調味料とか、食にまつわるそのほかの言葉もいっぱいとり上げたいと思うんですけどね。そんなふうにしてネタのストックを続けています。

多分、そろそろ『三省堂』の最新版も出るんじゃないかな。ここ数年の改訂を見ていて、「もしかして、この連載を読んでこの項目を足してきた!?」と妄想したりもしているので、『三省堂』の次の改訂ではどんな変更や加筆があるのか、楽しみです。

――楽しみですね。連載の書籍化にあたって『岩波』『新明解』『明鏡』、『広辞苑』『大辞林』などの改訂を反映しましたが、作業としてはたいへんでしたけれど、項目の追加のような大きなことから、マークの変更のような細かなことまで、辞典は生きている!と実感しました。この本をきっかけにそういった楽しさを多くのかたに味わっていただけたら、と思っています。ありがとうございました。

栄養と料理2021年8月号

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