『栄養と料理』9月号(8月9日発売)「年齢を重ねて、わかったこと」
(73~78ページ)で、香川靖雄さんが105歳までお元気だった
恩師・日野原重明先生の健康法にならっていることを紹介しました。
この健康法については、本誌2012年1月号の香川靖雄さんの連載で
くわしくとり上げたことがありますが、既にバックナンバーの
販売期間が終了しているため、特別にWebマガで記事全文を公開します。
日野原重明先生の
長寿に学ぶ
(『栄養と料理』2012年1月号「博士のアンテナ」より)
※本文中のデータや年齢等は掲載当時のものです。
「朝目覚め、両手を挙げてわれ百歳」
これは、聖路加国際病院の名誉院長である日野原重明先生が、2011年10月4日に満100歳を迎えた朝に作られた、喜びの俳句です。同月8日には、私を含め、先生に内科学を教えていただいたグループの主催による、盛大な祝賀会が開かれました。
祝賀会では、先生は来賓の祝辞をかならずご起立されてお聴きになり、会の最後には、大きな声と身振りで、約15分間のあいさつをされました。
著/香川靖雄(女子栄養大学副学長・自治医科大学名誉教授)
祝賀会会場にて。日野原重明先生(右)と私。
病弱の青年期から
壮健な100歳へ
現在の医学は、科学的根拠に基づく医療(EBM)といい、疫学調査(用語辞典①)や介入研究をして、その統計的な平均値から、食事摂取基準の値や生活指導の指針を出しています。しかし、日野原先生のご健康はこうした統計には当てはまりません。というのも、日本人男性の100歳に達する確率は、統計的にわずか0.51%(生保標準生命表より)であり、平均余命(用語辞典②)は79.64歳です。住民基本台帳による都道府県等からの報告では、平成23年の100歳以上の高齢者は4万7000人を超えています。しかし日本には、その約100倍の要介護者がいることが問題となっています。
本稿で日野原先生について紹介させていただく理由は、「私たち医学に携わる者は、自分の体験を残してその年齢の健康はどのように作られたかというデータを出す。それは医者としてしなければならないことではないでしょうか」という先生のご意志によります。
先生は牧師のお父さまの影響で、7歳のときに受洗(キリスト教に入信)されました。これが、のちの精神生活の柱になったといわれます。また、先生は小学生のころ腎炎(じんえん)にかかられ、京都帝国大学(現在の京都大学)医学部在学中に、重い肺結核と左側結核性胸膜炎を患われました。そして闘病のため、1年間休学されたのです。のちに、「その体験が、患者さんの気持ちがわかる医師にさせてくれた」とおっしゃっています。
先生は、徴兵検査(用語辞典③)の成績も丙種(用語辞典④)だったといいますが、30歳代からは、生活習慣への心がけによって日々の健康を保ち、人々のために活動をしていかれました。
体重・血圧・代謝量を測定し
病気を防ぐ
高血圧や糖尿病などの慢性疾患は、年をとるごとに発症リスクが高くなるため、以前は「成人病」と呼ばれていました。しかし、日野原先生は、これらはよい生活習慣によって予防できる、という考えから、「生活習慣病」という表現に改めるよう、1981年の『看護学雑誌』で提案されました。そして、「生活習慣病」は、96年から政府の正式名称になったのです。
先生は、自分で自分の健康を守るためには家庭での血圧測定が重要だと主張され、医師が独占していた医療行為を家庭でも行なえるよう、行政を説得されました。また、体重の記録を励行されたのも日野原先生です。先生は日本の民間病院で初めて聖路加国際病院に人間ドックを作られました。肥満、高血圧、脂質代謝異常、高血糖を検査で早期発見し、改善すれば、動脈硬化、糖尿病、脳卒中、心筋梗塞(こうそく)などの病気は予防できるという考えからです。そして、自分の生活習慣を自分で改める心を育てる必要があるだろうとおっしゃいます。
「私は血清コレステロール値がもともと少し高く、初めは薬をのんでいました。しかし30歳当時は、身長168cmに対して体重が70㎏に近く、カロリーをとにかく落とすようにしました」と、ご自身の心がけを話されました。
日野原先生の
食習慣
先生の基礎代謝量は、94歳当時1300kcalでしたが、最近は1200kcalであり、一日の食事もこれに合わせて摂取しておられます。「私はかなり高齢であるので、何カロリーという所要量はどこにも示されていません」とおっしゃるように、高齢者は、年齢は同じでも個人差が極端に大きく、平均値はあまり参考になりません。医療機関では、栄養アセスメント(用語辞典⑤)によって個人に応じたエネルギー補給が行なわれています。
先生の食事は、静子夫人に代わってご子息の夫人が、その日の体調や好みをとり入れて作ります。朝食にとる定番のものは、野菜ジュースにオリーブ油を混ぜたもの、粉末状の「大豆レシチン」を温かいミルクに入れて混ぜたもの、そしてコーヒーも飲まれます。昼食は、ミルクとクッキー2個のことも多いようです。夕食は、茶わん半分ほどのごはんとたっぷりの野菜に牛ヒレ肉か魚をとり、一日1300kcalにされています。
レシチンは、細胞膜や神経の機能に必要な抗老化物質であり、大豆だけでなく卵黄からもとることができます。しかし、大豆には、コレステロールがほとんど含まれないので、コレステロールが気になるかたにとってメリットとなるでしょう。先生がジュースに混ぜてお飲みになるオリーブ油には、一価不飽和脂肪酸が多く含まれています。これは、ほかの脂肪酸よりも酸化しにくいという特徴があります。さらに、オリーブ油には、オレウロペインというわれる成分が含まれており、これは、老化の要素である活性酸素を除去する能力が強いといわれています。
激務とストレス環境への
適応力
先生は100歳の現在も、膨大な量の業務をこなされ、2~3年先まで仕事でスケジュールがいっぱいです。先生が敬意をいだいておられた医師、シュバイツァー博士が設立した、アフリカのシュバイツァー病院を訪問されるなど、海外でのご活動も多く、また指導者として日常診療のほか行政や研究機関などへ出向かれる毎日です。しかし、過労で倒れることはありません。
「現実の私の生活は理想的な健康生活とは異なっています。しかし、そのような環境に適応し、調節する身体ができています」、「変化に対応するbuffer(衝撃をやわらげる装置)を心に持つことが、健康のいちばんのエッセンスだと考えています」と、先生は話されます。重要なのは、激務でも「人々に奉仕する」という目標があることです。楽しんで、生きがいを感じられているからがんばれる、ということだと思います。
なお、睡眠が5時間と一般の人よりも短いのですが、朝は7時の出勤に間に合うように6時に起き、かならず朝食をとるという習慣は、時間栄養学的に最もよい生活です。
次にたいせつなことは、ストレスの解消です。先生は運動が有効とお考えで、日ごろからエスカレーターでなく、階段を利用するように心がけておられます。また、つねに笑顔でいらっしゃること、日常的に腹式呼吸されることも、ストレス解消に有効に働いているのではないかと思います。
習慣を変え
社会に尽くす心を
「心を健やかにすることこそ、人生の最終目的。肉体的な健康だけでなく心の健康も習慣ではないでしょうか」と先生はおっしゃっています。たとえ、末期がんの患者さんであっても、「感謝の気持ちを最後まで持ち続けましょう」と励まされます。命とは使える時間のことであり、自分のためにも使えるが、他人のためにも使ってほしいという思いをお持ちです。先生は、小学生に向けた「いのちの授業」をされていますが、高熱をおして行かれることもありました。
人々のために役立つ「健康」について考え、生活習慣病を防いで健康長寿を実現するためには、生活習慣を変える必要があります。ここで、先生が作られた「哲学詩」をご紹介しましょう。哲学詩とは、思想を示す詩と考えればよいと思います。
先生は100歳の祝賀会の最後に、「皆さんは私の健康を気づかってくださるが、私はむしろ皆さんの健康こそ心配しています」とおっしゃいました。先生のお気持ちにこたえ、健康長寿を実現して人々に奉仕すれば、少子高齢社会の未来も、明るくなるのではないでしょうか。
[拙稿は、日野原重明先生のご高閲によるものです。筆者]
《用語辞典》
①疫学調査
人間の健康および、病気の原因を統計的に研究・調査する方法。科学的根拠に基づく医学(EBM)の根拠のよりどころとなる。
②平均余命
それぞれの年齢の人が、その後、平均して何年生きられるかという期待値。男女別、年齢別死亡率のみを基に計算するため、人口の年齢構成に左右されず、加齢とともに短くなるとも限らない。平成22年の0歳・男の平均余命は79.64歳。
③徴兵検査
徴兵制度のある国において、一定の年齢に達したものに身上・身体にわたって検査を行ない、合格した者を徴兵対象の候補者とするための検査。
④丙種(へいしゅ)
甲、乙、丙、丁などに分類したときの丙の種類。甲種、乙種に次ぐ第3位であることを示す。かつての日本の徴兵検査では、丙種は身体上きわめて欠陥の多い者とされ、戦地に赴く現役には不適とされた。
⑤栄養アセスメント
個人あるいは集団の栄養状態を評価すること。評価する栄養指標には、血液検査データ、食物摂取データ、身体組成データ、生化学データなどがある。
参考文献
・日野原重明、香川靖雄:意義ある人生と生活習慣病予防 最新医学60(4) : 118-131 (2005)
・日野原重明、香川綾:どの人みたいになりたいか探してごらん “健康な心”を語る。 栄養と料理 65(1) : 65-71 (1990)
・日野原重明:香川綾先生との出会い 綾栄会ニュース平成16年11月30日 24 : 1 (2004)
・佐々木菜美、石黒紀代美、香川靖雄:経皮内視鏡的胃瘻増設術施行患者におけるREE実測値とBEE計算値の検討 日本臨床生理学会雑誌 37(2) : 93-104 (2007)
栄養と料理2022年9月号
特集1/更年期からの骨粗鬆症対策
自分の「骨密度」を知っていますか?
料理:カルシウム+αの夏おかず
料理:カルシウムたっぷりランチ
特集2/高齢者の健康を考える
読み物:年齢を重ねて、わかったこと
運動:ころばないための筋トレ
ほか、季節の料理レシピも満載。全国の書店で好評発売中!