腸の健康を保つためにも積極的な摂取が推奨される「食物繊維」ですが、じつは食品に含まれる「食物繊維」の量(成分値)はいま見直されつつあります。2020年12月、「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」が公表されましたが、5年ぶりの全面改訂で、食物繊維はその定義から変わりつつあります。背景にはなにがあり、その変化をどのように理解すればよいのでしょうか。食物繊維をめぐる、気になるあれこれについて、穀物科学者の安井健さんにお答えいただきました。
『栄養と料理』2020年12月号(11月9日発売)で掲載の5つのQ&Aから、Q1をご紹介します。
解答 安井 健
やすいたけし●穀物科学者。理学博士。文部科学省科学技術・学術審議会臨時委員(資源調査分科会食品成分委員会)。1996年から食品成分表の策定作業に携わる。食品群「いも及びでん粉類、砂糖及び甘味類、豆類、種実類<草本>」を担当。炭水化物などが専門。
え FUJIKO
食物繊維ってなに?
A1 ヒトの消化酵素で消化されない食品中の難消化性成分の総称ですが、その定義や作用は多様です。
食物繊維とはなにかというとき、定義によって、指し示すものが一定ではありません1)。
2009年、FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)とが合同で運営するコーデックス食品委員会(CAC)は、食物繊維の定義を下記のように公表しました。
この定義は食品の栄養表示に適用されるものなので、食品成分表をはじめとする、食品に関連する多くの分野に影響を与えることになりました。
コーデックス食品委員会(CAC)による食物繊維の定義(ALINORM 09/32/26)
(かっこ書きやかっこつきの数字は説明のために加えたもの。定義にある2つの脚注は省いた)
ヒト小腸の内在性酵素では加水分解(消化)されない、10以上の単量体単位(単糖類)からなる炭水化物重合体(多糖類)で、以下の種類のもの:
(1) 摂取される食品に元来含まれる、食用の炭水化物重合体(多糖類)、
(2) 食品原材料から、物理的、酵素的あるいは化学的な方法により分離したもので、一般に認められる科学的根拠に基づいて、健康に対する生理学的な有益性があると、当局が認めた、炭水化物重合体(多糖類)、
(3) 一般に認められる科学的根拠に基づいて、健康に対する生理学的な有益性があると、当局が認めた、合成した炭水化物重合体(多糖類)。
「日本食品標準成分表(成分表)」では、1992年に公表した「日本食品食物繊維成分表(科学技術庁資源調査会報告第116号)」から「成分表2015年版(七訂)追補2017年(追補2017年)」までは、食物繊維を「ヒトの消化酵素で消化されない食品中の難消化性成分の総体」と定義していましたが、「成分表2015年版(七訂)追補2018年(追補2018年)」2)からは、コーデックス食品委員会の定義による食物繊維を測定できる分析法を用いた値も収載しています。
なお、コーデックス食品委員会は、定義の脚注で、重合度3-9の炭水化物(オリゴ糖類)を食物繊維に含めるかどうかの扱いを各国の当局の判断にまかせており、成分表では下記にあるような難消化性オリゴ糖類も食物繊維に含めています。
おもな難消化性オリゴ糖類
自然界に存在するもの
ラフィノース系列のオリゴ糖類*1
フラクトオリゴ糖類*2
ガラクトシルサイクリトール類
分離や合成したもの
大豆オリゴ糖(主成分はラフィノース系列のオリゴ糖類)
フラクトオリゴ糖
マンノオリゴ糖
ガラクトオリゴ糖類*3
キシロオリゴ糖、乳果オリゴ糖*4
難消化性マルトデキストリン
*1 ラフィノース系列のオリゴ糖類は、マメ科植物種子等に含まれるラフィノース、スタキオース、ベルバスコース、アユゴース等をさします。ガラクトシル残基がα-(1→6)結合をしているガラクトオリゴ糖類です。
*2 フラクトオリゴ糖類は、コムギ穀粒、キクイモ塊根、タマネギ球茎等に含まれる1-ケストース、ネオケストース、ニストース等をさします。しょ糖にβ-フラクトシダーゼを作用させて生産するものもあります。
*3 ガラクトオリゴ糖類は、乳糖に乳糖分解酵素(β-ガラクトシダーゼ)を作用させて生産します。ガラクトシル残基はβ-(1→4)結合をしています。
*4 乳果オリゴ糖は,三糖類のラクトスクロース(β-D-ガラクロピラノシル-(1→4)-α-D-グルコピラノシルβ-D-フラクトフラノシド)です。製品にはラクトスクロースを主体として,しょ糖と乳糖を含むものがあります。
新旧の定義を比べると、対象となる成分は、化学的には大きな違いがないことがわかると思います。
しかし、採用していた分析法の特性から、「追補2017年」までは、一部の難消化性でんぷんや、すべての難消化性オリゴ糖類は測定されていませんでした。
現在、成分表の食物繊維は、後で述べるような分析法(Q2)によって測定されており、多くの種類の化合物が含まれます。
そして、コーデックス食品委員会の定義の(2)および(3)に該当するそれぞれの多糖類やオリゴ糖類の生理学的な作用は多様であると考えたほうがよいでしょう。
「食品成分表」の「追補」とは?
「日本食品標準成分表」の改訂は5年に1度行なわれています。2020年までは2015年版(七訂)が使われていましたが、前述のように2020年12月に2020年版(八訂)が公表されました。しかしその間も、新規食品の分析や、疑義のある分析項目の見直し等は継続的に行なわれ、検討がすみ、収載が決定したものについては、八訂を待たずに毎年「追補」あるいは「データ更新」として公表されるようになっていました。七訂の公表以降の5年間で「追補2016年」「追補2017年」「追補2018年」「データ更新2019年」が、それぞれの年の暮れに公表されています。
- Q2 「不溶性食物繊維」と「水溶性食物繊維」との違いは?
またそれぞれの作用は? どちらをどのくらいとればいいの? - A2 巷でいわれているような両者の特徴や作用は、一概にはいえないことがわかってきました。
- Q3 成分表には「低分子量水溶性食物繊維」と「高分子量水溶性食物繊維」があるけれど、それぞれなにを指すの?
- A3 前者は新たに採用した分析法によって測ることができるようになった難消化性オリゴ糖類を指し、後者は…
- Q4 食品の成分表示。同じ「食物繊維」でも測っている成分が違うことがあるって本当?
- A4 本当です。表示されている数値が示している化合物やその根拠を知りたい場合には…
- Q5 健康効果が期待できる食物繊維にはどんなものがあるの?
- A5 特定保健用食品のうち…
参考文献
1) A.M. Stephen, M.M.-J. Champ, S.J. Cloran, M. Fleith, L. van Lieshout, H. Mejborn and V.J. Burley: Dietary fibre in Europe: current state of knowledge on definitions, sources, recommendations, intakes and relationships to health. Nutrition Research Reviews 30, 149–190 (2017).
2) 日本食品標準成分表2015年版(七訂)追補2018年 第1部 日本食品標準成分表2015年版(七訂)追補2018年 第1章 説明 (https://www.mext.go.jp/a_menu/syokuhinseibun/1411592.htm最終閲覧日:2020.8.9).
関連情報
八訂 食品成分表2021
好評発売中!
香川明夫/監修
私たちが日ごろ食べている食品にはどんな栄養素がどのくらい含まれているのでしょうか? 「食品成分表」はそのデータ集であり、女子栄養大学出版部では食と健康に関する最新資料とともに「本表編」と「資料編」の2分冊にとりまとめて毎年出版しています。
栄養と料理2020年12月号
特集/大腸がんを防ぐ腸活
料理/冬の韓国スープ ほか
読み物/
食物繊維Q&A
感染性胃腸炎のホームケア ほか