【特別公開】読者からのエネルギーに関するお問い合わせとお答え
『日本食品標準成分表2020年版(八訂)』が公表され1年以上が経ちますが、なかなか正しい理解と活用が進んでいないようです。特に多い誤解が、「(成分表の改訂により減った)エネルギーを補って基準を満たすようにしなければならない」というものです。
本連載では繰り返しエネルギー値の変更の意味合いと活用法をご紹介しています(第8回、16回、17回、18回、23回、28回)が、この度、読者のかたから、指導する側の自治体や、活用を広めるべき栄養計算ソフト会社でも誤った解釈を広めているという情報を得ました。
ある読者の方からいただいたご質問と渡邊智子さんによるお答えを公開いたします。
渡邊智子 学校法人食糧学院 東京栄養食糧専門学校 校長
わたなべともこ●東京栄養食糧専門学校校長。医学博士。千葉県立衛生短期大学、千葉県立保健医療大学、淑徳大学を経て現職。千葉県立保健医療大学名誉教授、千葉県学校保健学会理事長。文部科学省による日本食品標準成分表の策定に食品成分委員会委員等として30年にわたり携わり、成分表活用の研究・提言を行なう。千葉県食育推進県民会議委員として千葉県の食育ツール(グー・パー食生活ガイドブック等)の開発・普及も行なっている。
誤った活用がなされないよう、ご拡散のご協力をお願いいたします
ある読者の方からのご質問とお答えをご紹介いたします。
<読者の方から>
保育園に勤務している管理栄養士です。渡邊先生の八訂成分表の解説をずっと読んでいてとても勉強になり、かなり理解できるようになりました。保育園では自治体の栄養士が立てた統一献立を使用しています。今年度に入り、自治体の保育所担当課から成分表の改訂でエネルギーが下がったのでご飯の量を増やすように通知が来ました。
疑問を感じて問い合わせると、八訂成分表で計算するとエネルギーが下がるだけではなく、脂質のエネルギー比が30%を超えて、食事摂取基準からかなり外れてしまうという説明です。食事摂取基準は以前の成分表から策定されたもので比較はできないのでは?と言う質問に対して、食事摂取基準に合わせてはいけないという通知は出ていない。と言う説明でした。ネット上ではいくつかの自治体は、特定給食施設の対応として七訂と八訂どちらでも算出可能なことや、栄養改善学会の提言やこちらのサイトを紹介している自治体もありますが、どのように対応すればいいのでしょうか。
渡邊:順にお答えいたします。
保育園に勤務している管理栄養士です。
渡邊先生の八訂成分表の解説をずっと読んでいてとても勉強になり、かなり理解できるようになりました。
渡邊:ずっと読んでいただきありがとうございます。また、かなり理解できるようになったとのこと嬉しいです。お知らせいただきありがとうございます。
保育園では自治体の栄養士が立てた統一献立を使用しています。
今年度に入り、自治体の保育所担当課から成分表の改訂でエネルギーが下がったのでご飯の量を増やすように通知が来ました。
渡邊:これまでの子どもたちの食事量について、過不足を判断されてのことでしょうか。エネルギー量が不足していると判断してのことであればよいのですが、現場の管理栄養士として、子どもたちを見ていていかがでしょうか。問題ないようであれば、その状況(食事の提供量には問題がないこと)をお伝えしてはどうでしょうか。
疑問を感じて問い合わせると、八訂成分表で計算するとエネルギーが下がるだけではなく、脂質のエネルギー比が30%を超えて、食事摂取基準からかなり外れてしまうという説明です。「食事摂取基準は以前の成分表から策定されたもので比較はできないのでは?」と言う質問に対して、食事摂取基準に合わせてはいけないという通知は出ていない」と言う説明でした。
ネット上ではいくつかの自治体は、特定給食施設の対応として七訂と八訂どちらでも 算出可能なことや、栄養改善学会の提言やこちらのサイトを紹介している自治体もありますが、どのように対応すればいいのでしょうか。
渡邊:ご質問ありがとうございました。以下の文章では、成分表2020年版(八訂)の収載エネルギーを「2020E」とし、成分表2020年版(八訂)における2015年版(七訂)での方法で算出したエネルギー量を「2015E」とします。
ご理解くださっている通り、エネルギー量については、2020E では、 2015E と比べて平均で8%程度値が小さくなると報告されています。これは、同じ食事を異なる根拠(2020Eあるいは2015E)により栄養計算した結果の値です。
下記のような手順で作業(確認など)して、その結果を自治体の栄養士さんに説明されてはどうでしょうか。
1.成分表2015(七訂)での計算結果に基づいた献立を摂取していた子どもの成長等に課題がない(残食もほとんどなく、おいしそうに食べている等)→給与目標量は妥当で、かつ献立はそれを満たしていたと判断できます。
2.その献立を2020Eで計算します→成分表2015年版(七訂)の計算結果とは当然異なります(全体的に低い値となります)。
3.その献立を2015Eで計算します→成分表2015年版(七訂)の計算結果と同じ結果になります。そのことを確認します(自治体の栄養士さんには、ここを伝えると理解していただけると思います)。
4.しかし、実際の献立で示す値は、2020Eの値です。そこで、給与目標量を変更することを検討してはいかがでしょうか(あるいは、検討する予定と伝える。もしくは、検討することを提案する)。
なお、実際に、おかずの量をそのままとして主食を増やす献立では、食事全体のバランスが壊れ、子どもにとって食べにくくなるようにも思いますが、どうでしょうか。もしそうお考えであれば、それも伝えてはどうでしょうか。
脂質のエネルギー比率については、自治体の栄養士さんの計算は、脂肪酸のトリアシルグリセロール当量での計算でしょうか、それとも脂質量を用いての計算でしょうか。ご確認ください。脂肪酸のトリアシルグリセロール当量は、脂質よりも値が低くなっています(たとえば魚類は平均で前者は後者の79%です)。
もしかすると自治体の栄養士さんは、2020Eと脂質を使って脂質エネルギー比率を計算したのかもしれません。そうであれば、脂質の割合が30%を超えても不思議ではありません。計算の組み合わせが間違っていることがわかれば、その主張はとり下げると思います(なお、かなり外れるというのはどのくらいなのでしょうか。これもお問い合わせになってはどうでしょうか。しかし、計算が上記の方法であれば、質問は不要です)。
成分表2020年版(八訂)の調理による成分変化率や、脂質の増減表をみると、油いためでは油がフライパンに残るなど、給油率の計算の影響もあり、これまでの計算よりも脂質量が低い値になることが予測されます(これをお伝えしてもよいかもしれません)。
なお、エネルギー比率においても、当面は成分表2020年版(八訂)の2020Eと脂質エネルギー比率(脂肪酸のトリアシルグリセロール当量比率)の値を使いながらも、成分表2020年版(八訂)の 2015Eと脂質エネルギー比率も計算しておき、周囲への理解を求めていくことがおすすめです。
食事摂取基準の値も成分表の値もあくまで目安です。対象者を理解し、対象者にあった給食を提供することが大切です。 そのためには、対象者の喫食の様子を観察し、評価し改善し続けることが、これまでどおり大切と思います。計算結果も重要ですが、対象者を見ることがより重要と思います。
自治体として一つのチームなので、率直にお伝えし、ご理解いただくことが、子どもたちの幸せにつながると思います。もし誤った認識が放置されたままの自治体があれば、その自治体では数年後に「肥満者が増える」「残食が増える」などが起きるかもしれません。そのようなことが起きないよう、頑張っていただけたらと願います。応援しています。
今回のご質問内容を重く受け止め、編集部からの依頼でやりとりを公開することといたしました。指導する側の自治体の担当者様が誤解されている場合には、説明資料としていただければ幸いです。困っている方々に、ぜひ、ご拡散のご協力をお願いいたします。成分表2020年版(八訂)に変わったからと、それを根拠に食事のエネルギー量を増やすことは間違いです!
《お知らせ》
『八訂食品成分表2022』の活用をじっくり学ぶチャンス!
渡邊智子先生による食品成分表のオンライン3日間集中講座が開催されます。見逃し配信付き!
詳細・お申込みは主催の㈱オフィス田中のサイトをご参照ください。
*女子栄養大学出版部では、本件の参加申込を受け付けておりません。
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香川明夫/監修
私たちが日ごろ食べている食品にはどんな栄養素がどのくらい含まれているのでしょうか? 「食品成分表」はそのデータ集であり、女子栄養大学出版部では食と健康に関する最新資料とともに「本表編」と「資料編」の2分冊にとりまとめて毎年出版しています。