佐々木敏
東京大学大学院医学系研究科 社会予防疫学分野教授
栄養士・管理栄養士の業務に必須の食品成分表。2020年暮れに文部科学省から公表された日本食品標準成分表は5年ぶりの大改訂となり、新たにおさえておくべきポイントがいくつかあります。
文部科学省の第十期食品成分委員会の委員も務めた佐々木敏さんに、その炭水化物の項目の見方についてお話をうかがいました。
『栄養と料理』6月号で成分表の炭水化物について「糖質が載っていない!? 『食品成分表』の複雑さを考える〜利用可能炭水化物〜」と題して活用方法をご執筆いただいています。弊社書籍『佐々木敏の栄養データはこう読む!』『佐々木敏のデータ栄養学のすすめ』にも関連話題があり、更新情報等はツイッター(@dataeiyosusume)でご紹介しています。ぜひ併せてご覧ください。
「利用可能炭水化物」を「糖質」と呼ばない理由(わけ)
――新しい食品成分表では炭水化物の成分項目が6種も載っています。一体どれをどのように使ったらよいのか、途方に暮れている人もいるようです。これまでの「炭水化物」はなんだったのでしょうか。
佐々木 今までの食品成分表での炭水化物の値は、食品100gからそれに含まれる水分とたんぱく質、脂質、灰分等の分析値を全体から差し引いたものを指していましたよね。
――各成分の分析誤差がすべて炭水化物にしわ寄せされていたんですよね。八訂での食品成分表でも炭水化物の6成分項目のうち、赤枠の「炭水化物」はそれを指します。
佐々木 そうですね。炭水化物は測定されたものではなくて、全体からほかの成分の分析値を差し引いた残りしかなかった。しかし新しい八訂の成分表では差し引きから出したものではない、測定した炭水化物が新たにきちんと書かれた。だからそちらを一生懸命見ましょうということを『栄養と料理』6月号で書きました。
――はい、それが青枠の「利用可能炭水化物」ですね。利用可能炭水化物は新しい成分表では「利用可能炭水化物(単糖当量)」、「利用可能炭水化物(質量計)」、「差引き法による利用可能炭水化物」の3種類が載っています。どれをどのように使ったらよいかとまどいますが、『栄養と料理』6月号でそれぞれの表わすものと活用方法がよくわかりました。化学構造や分子式は苦手なかたも多いと思いますが、今回の成分表を理解して活用するにはそこから学び直すのがむしろ近道だったかと反省しました。「糖質はどの項目を使ったらよいか?」は以前から多い問い合わせですが、その点もよくわかりました。でもどうして「糖質」ではなくて「利用可能炭水化物」と呼ぶのでしょうか。糖質のほうが親しみやすくてしっくりきます。
佐々木 じつは「糖質」か「利用可能炭水化物」か、どちらの用語に統一するかは世界を見ても定まっていないようです。でもぼくには利用可能炭水化物のほうがしっくりきますね。
――なぜでしょうか。
佐々木 「糖質」という言葉は、まぎらわしくないですか。日本語では「糖質」と混同されやすい言葉にまず「糖類」がありますね。そして「単糖類」「二糖類」「果糖」「ショ糖」というように、「糖」という名前がついて定義が少しずつ異なる言葉がたくさんあります。そのうえに、砂糖という食品もあり、さらには、糖尿病という病気まであります。それに、炭水化物と糖質は本来は同じものを意味していて、脂質、たんぱく質と並ぶ「質」としてならば、糖質のほうがしっくりきます。ところが、糖質をもう少し狭い意味、つまり、利用可能炭水化物に使う場合もあります。本当にややこしいです。
――確かに。言葉の組み合わせからは、糖質は糖の性質を持ったもの、糖類は糖のたぐい(類)と読みとれますが、なにを指すのか……「糖」とはどういう意味でしたっけ?
佐々木 「糖」とは分子構造に基づく言葉なんです。糖には単糖から多糖類までさまざまな種類がありますが、体が使えるかどうかは関係ありません。だから、分子構造としては糖であっても、かならずしも体が利用できるとは限りません。これって重要ですよね。
(注:「体が利用できる」とは、ここでは、消化できることを意味している。腸内細菌などが利用し、それらが産生したエネルギーなどを体が利用する場合はここでは含めていない)
――そうか、「利用可能炭水化物」は、利用できるものを集めた成分値の和ですね。
佐々木 炭水化物の中で体が利用できる成分であると、ダイレクトに表現していますよね。体が使えるものだということを強調している。皆さんの体に必要なのは糖質ではなくて利用可能炭水化物というわけです。ぼくはそういう意味で、利用可能炭水化物という名前はけっこう好きです。なぜならば、ぼくは分子構造を細かく調べたり教えたりする研究者や教育者ではなくて、それぞれの栄養素が体でどんな役に立つのかということを調べたり教えたりしている研究者であり教育者なのでね。体が利用できるか利用できないかは、ぼくの立場からは分子構造よりもたいせつです。糖質の語源よりも、利用可能炭水化物という語源のほうがぼくにはしっくりきます。皆さんの立場ではどちらがしっくりくるかを考えていただければよいと思います。
――そのように考えていくと活用のさいにも意識が変わりそうです。ところで利用可能炭水化物が3種も載っているのはやはりややこしいです。今回『栄養と料理』6月号ではエネルギー比率を計算するとき炭水化物摂取量を計算するときで使い分けるということを解説いただきましたが、いっそ2つの場合に分けてデータを2列にして公表してくれると使いやすそうです。
佐々木 日本食品標準成分表は、その第1章の「説明」の「目的及び性格」の項目から、栄養士・管理栄養士の業務に必須であることが読みとれます。しかし同時に、それ以外の使い方も想定していることがわかります。「関係各方面での幅広い利用に供することを目的としている」と記されているように、関係各方面で利用できるように公表する必要がある。むしろ栄養士・管理栄養士は専門家だから、複雑でも読みとれるだろうし、できるだけ正確なほうがよいでしょう……といったところではないでしょうか。どの角度から見ても的確に使えるように考えてくれたのが今回の日本食品標準成分表だと思います。
――そういう振り分けは、今後は各出版社の成分表や栄養計算ソフトで行なっていけばいいのかもしれませんね。ところで八訂の成分表の炭水化物ではもう一つ新たに載った項目があります。「糖アルコール」とはなにか、どう見たらよいでしょうか。
佐々木 これは先ほどの「糖質」か「利用可能炭水化物」かの話を受けるのですが、「糖アルコール」は炭水化物の一種とされていますが、「糖」とは少し違った分子構造を持っています。具体的には、アルデヒド基やケトン基が水酸基に置き換わっています。そして、利用不可能なんです。だから利用可能炭水化物には入りません。したがって、利用可能炭水化物とは別項目になり、エネルギー換算係数も個別に定められています。
いずれの食物繊維値を使っても、目指す方向性に変わりはない
――複雑に見えていた炭水化物の表頭がしだいにクリアに見えてきました。残る炭水化物の項目は「食物繊維」です。利用可能炭水化物は似たような成分でも3種の項目が別立てされて3列で収載されているのに、食物繊維はAOAC 2011.25法の導入によって、測定成分が微妙に異なる2種の分析方法の測定値が混在して1列に収まっています。2種が混在した本表の食物繊維の値を使うべきか、炭水化物成分表の別表1の食物繊維成分表で従来のプロスキー変法の食物繊維の成分値に統一すべきか…。
佐々木 新しい分析法で測定できている食品数はどのくらいありますか?
――100余りです。炭水化物成分表は約1000食品ですから、炭水化物をある程度含む食品の1割ちょっとにすぎません。しかし「精白米 うるち米」は、めし(ごはん)100gあたり食物繊維0.3gであったところ、新しい測定法による分析で1.5gまで増えたので、その影響が大きいととまどっている人は多いようです。玄米のめし(ごはん)では新しい測定法での分析がまだのため100gあたり1.4gであり、白米と玄米のごはんの食物繊維量が逆転してしまったことも混乱を招いています。
佐々木 どの値をどう使うかの判断において気をつける点が2つあります。
一つは、全食品中どのくらいの割合で測定値があるか。もう一つは私たちが教育や研究、業務でよく使う食品――摂取量の多い食品すなわち具体的にいうと食物繊維摂取量に寄与の多い食品の測定値がどのくらいあるか。単純割合と寄与率割合ですね。この2点を見て判断します。
――寄与率は栄養士・管理栄養士に正確な判断はむずかしいですよね?
佐々木 これは研究者の仕事ですね。食物繊維は定義そのものもいろいろあります。折を見て、『栄養と料理』で書くことにしましょう。ところで、ご存じのように、食事摂取基準の目標量は、現在の摂取量に配慮して実現可能な値を示したものです。真の目標量は食事摂取基準の目標量を大きく上回ります。すなわち、本当に食べたい食物繊維の量は、どちらの食品成分表で計算しても、いま日本人が食べている食物繊維摂取量よりもはるかに多いのです。新しい成分表を使うと、白米のごはんの食物繊維量が増えたために、食事全体の食物繊維量も増えますが、この値が目標量に近づいたり到達したりしたからといって安心するのは数字合わせでしかないと思います。これは必ず知っておいていただきたい点です。そして、通常の食事からならとりすぎる心配はまずありません。こう考えると、食事摂取基準との照合においては、いずれを使うかはそれほど気にする必要はないのではないでしょうか。それから、どのような食品からどのようにどのくらい食物繊維をとるのが望ましいのかについては、一部はすでに『栄養データはこう読む!』や『データ栄養学のすすめ』で紹介していますので、どうぞ、そちらもご覧ください。
――炭水化物の項目の見方について、わかりやすく解説いただきありがとうございました。これからの栄養指導や栄養情報の発信では、炭水化物の成分項目の選び方も重要になりますね。
佐々木 そうですね。これはほかのエネルギー産生栄養素にも共通することですが、炭水化物を例にとれば、炭水化物が含むエネルギーを扱いたいのか、炭水化物という分子の栄養特性を扱いたいのか、どちらを扱いたいのかで分ける必要が生じてきます。たとえば、糖尿病の患者の食事療法においてなら、エネルギー量を扱って食事療法したいのか、その炭水化物の有する体の中での作用で食事療法を行いたいのか――これがどちらかわからないと食事療法も食事の話もできないということになります。情報発信においてなら、たとえば食物繊維の成分値を使ってコラムを書くとき、そのコラムの内容に、食物繊維の分析法の違いがもたらす影響が大きい場合には、同一成分でないというお断りが必要ですが、事実上無視できる場合には不要でしょう。ということは、「どの項目を使ったかが書いている内容にどの程度の影響を与えるのか、それは無視できるのかできないのか」を区別できるだけの知識と理解力が書く側に求められるわけです。
――身につまされるお話ですが、やりがいも増してきますね。炭水化物については『栄養と料理』6月号をぜひ多くのかたにお読みいただき、新しい成分表を使いこなしていただきたいですね。ありがとうございました。
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