佐々木敏
東京大学大学院医学系研究科 社会予防疫学分野教授
栄養士・管理栄養士の業務に必須の食品成分表。2020年暮れに文部科学省から公表された日本食品標準成分表は5年ぶりの大改訂となり、新たにおさえておくべきポイントがいくつかあります。
文部科学省の第十期食品成分委員会の委員も務めた佐々木敏さんに、成分表の使い方をうかがうインタビューの最終回です。
『栄養と料理』7月号で「新しい 『食品成分表』のエネルギー値をどう使うか 給食管理の現場で想定されるジレンマ」をご執筆いただいています。弊社書籍『佐々木敏の栄養データはこう読む!第2版』『佐々木敏のデータ栄養学のすすめ』にも関連話題があり、更新情報等はツイッター(@dataeiyosusume)でご紹介しています。ぜひ併せてご覧ください。
比べていいの? 脂質摂取量データの今昔
――「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」では成分表の最も基礎的な情報であるエネルギー産生成分とエネルギー計算のとり扱いが大きく見直されました。その結果エネルギー値が増えた食品もあれば減った食品もありますが、新しいエネルギー値に基づいて日本人の平均エネルギー摂取量を計算すると8%ほど減ることになると、『栄養と料理』2021年3月号および7月号で佐々木先生にご紹介いただきました。
そのため、成分表2020年版(八訂)では七訂での計算方法を用いたエネルギー値も資料に収載され、これを使うこともできるように整えられています。2020年12月に2020年版(八訂)が公表されましたが、切り替えのタイミングをはかりかねている現場も多いようです。いつから2020年版(八訂)に切り替えたらよいでしょうか。
佐々木 少し無理をしても移行できるときにできるだけ早く移行しておいたほうがよいと思います。けれども、過去のデータと比較したいときなど目的に応じて2015年版(七訂)の計算方法のエネルギー値を使ってもよいでしょう。
――過去との比較のときには従来の計算方法に基づくエネルギー値、その他は未来に向かって新しいエネルギー値を使えばよいということになりますか。
佐々木 そのとおりです。でも、そうするとね、「1970年代から日本人の脂質摂取量は増えて…」なんて話をするときに、ぼくらは1970年のときに使われていた成分表を使うべきということになります。1970年のときの国民栄養調査(当時の名称)の結果(脂質摂取量のデータ)は残っているけれど、元データ(食事内容の回答)は残っていません。過去の脂質摂取量のデータは当時の成分表で計算したものです。同じ条件で比較すべきとしたら、異なる成分表を用いた計算値ですから、摂取量が増えたとか減ったとかいえないことになるんです。
――私たちは違う成分表を使って平気で比較してきたわけですね。それでも今、新しい成分表にいつ切り替えたらよいだろうかと様子を見ている。切り替えるさいには混乱も伴いますが、早く切り替えたほうがよさそうです。
佐々木 そうですね。できるだけ新しい成分表のエネルギー値、そしてエネルギー産生成分項目を今から使っていくのがよいと思います。たんぱく質なら「アミノ酸組成によるたんぱく質」、脂質なら「脂肪酸のトリアシルグリセロール当量」、炭水化物なら目的に応じた利用可能炭水化物でしょう。
女子栄養大学出版部の成分表の「★」はこう見る
――ここで女子栄養大学出版部の『八訂食品成分表2021』の読者に向けて、ご説明させていただきます。食品成分表には同じ栄養素でも複数の項目があります。そこで、食事摂取基準と照合するさいに、どれを使ったらよいかわかりやすいように、複数の項目がある成分項目(エネルギー、たんぱく質、脂質、炭水化物、ビタミンA、ビタミンE、ナイアシン)について女子栄養大学の成分表では「★」印をつけています。エネルギーについては、食事摂取基準では体重で判断することになっていますが、参考表に記されているエネルギー値の単位は「kcal」ですので、(kJではなく)「kcal」の列に「★」が入っています。ビタミンAについては「レチノール活性当量」、ビタミンEは「α-トコフェロール」、ナイアシンは「ナイアシン当量」の項目が食事摂取基準に対応するのでこれらに「★」がついています。
「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」が公表されたさい、たんぱく質や脂質、炭水化物については食事摂取基準と照合するさいにどの項目を使用して算出したらよいか、混乱ととまどいが予想されました。厚生労働省に問い合わせたところ、「まだ検討していないが従来の方法によるエネルギー産生成分」とのお答えでした。佐々木先生にもご相談して、従来の「たんぱく質」「脂質」「炭水化物」に「★」を入れましたが、ビタミンAなどの「★」とは意味合いが異なりますので、「ただし、」と断り書きを添えました。「(食事摂取基準2020年版は成分表2015年版の項目に沿って策定されているので)当面は摂取基準の数値と照らし合わせるには★の項目を用いるのがよいと考えられる」としてしのぎました。
佐々木先生はこれについて、現時点ではいかがお考えでしょうか。
佐々木 「日本人の食事摂取基準(2020年版)」は「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」が公表される前に作られたものです。エネルギー産生栄養素においては、世界の栄養学においても、成分表2020年版(八訂)の方式での研究はこれからでしょう。すなわちほぼすべての過去の研究は、この★のついた項目で研究をしたものです。研究に基づく食事摂取基準もその成分項目で作られたわけです。ですから以前同様の項目で給与量や摂取量を計算したい場合には、その列(★のある成分項目)を使えばよいでしょう。
しかしこう述べると、誤解が生まれるようです。「新しい成分項目は食事摂取基準2020年版には使えない」という誤解です。
エネルギー産生栄養素において、食品ごとにどの列(成分項目)かを自分で選べる場合には、できるだけ新しい成分項目を使っていただいたらよいでしょう。そのほうがその食品に対しての精度は上がります。しかし測定されていない食品もありますから、いずれかの列(成分項目)に★をつけるとなると、女子栄養大学出版部の成分表の「★」になります。
つまり、どちらを使っても長所と短所があるのです。どっちを使えばいいのか? と聞かれますが、結局どちらを使ってもいいんです。でもどちらでもいいといわれても現場も困るでしょう。
成分表に掲載されているほぼ全食品が測定されたら、新しい成分項目の列に移行したい。現時点で、いずれかの列(成分項目)を選んで★を入れるなら、これまでの成分項目の列を選ばざるをえないけれど、食品ごとに★をつけてよければ1つずつ選ぶほうがよいわけです。ぜひそのように活用してください。それぞれ見極めて選ぶのがむずかしいし間違いのもとにもなるということで、この★が妥当という判断だったのではないでしょうか。
くり返しになりますが、新たな成分項目に数値が与えられている食品は新しい成分項目を使い、そうでないものは従来のものを使えばよい。与えられた数値の中で精度の高いほうを選んで使うのがよいと考えています。
食事摂取基準(2020年版)との照合において従来のエネルギー産生栄養素を使うということは正しいけれど、新しいエネルギー産生栄養素の成分値が使えないわけではありません。食事摂取基準を活用するさいに生じる諸々の誤差の幅よりも、八訂の新しい成分項目の値を使用した場合の誤差の幅のほうがずっと小さいです。誤差幅ってすごく大切な考え方なんです。「食事摂取基準は従来の成分表の項目で作られたもの」という部分が一人歩きしてしまうと、食事摂取基準の次の改定まで皆さんは新しい成分項目を使わなくなり、皆さんの知識も技術も進歩がとまってしまいます。これはおそろしいことです。
――丁寧にご説明いただき、ありがとうございます。誤差幅については、『栄養と料理』7月号「新しい『食品成分表』のエネルギー値をどう使うか 給食管理の現場で想定されるジレンマ」で具体的に解説していただきました。たとえば、残食のチェックができていない場合のエネルギー摂取量の差と比べて、成分表改訂によるエネルギーの差はとても小さい場合があることなどを図示していただきましたので、ぜひ広くお読みいただきたいですね。女子栄養大学出版部の成分表の★については、改訂の公表が年末だったため急ぎ判断し進めなければならなかったものの、もう少し吟味して丁寧に説明が入れられたらよかったと編集部でも反省いたしております。
さて、食事摂取基準の活用にあたっての成分表の見方の注意点はほかにありますか。
佐々木 しばしば耳にする誤解として、食事摂取基準の策定方法を見て「これに合わせなければならない」と思うかたがおられるようです。食事摂取基準の策定手順と、利用手順は異なります。たとえば、食事摂取基準には、エネルギー産生栄養素バランスについて、「エネルギー産生栄養素バランスを定めるには、たんぱく質の量を初めに定め、次に脂質の量を定め、その残余を炭水化物とするのが適切であると考えられる 」と記されているため、対象者の食事のエネルギー産生栄養素バランスも、炭水化物エネルギー比率は引き算で出さなくてはならないと考えてしまうかもしれません。でも、エネルギーの算出に用いた利用可能炭水化物(単糖当量)によるエネルギー量から算出すればよいのです。
これはアルコールに由来するエネルギーをどう扱うべきかを考えるときに大きな影響を受けます。アルコールに由来するエネルギーを炭水化物に含めて扱ってよい場合には、引き算が使えます。一方、アルコールに由来するエネルギーと炭水化物に由来するエネルギーを分けて扱いたい場合には、それぞれからエネルギーを計算しなければなりません。お酒好きとしては、アルコールが炭水化物にまとめられてしまう、前者でお願いしたいですけれどね(笑)。
数字にとらわれすぎず、人の健康を守る栄養管理を
――これまでの献立を活用して八訂を使う場合の注意点はありますか。
佐々木 数字にこだわりすぎないようにしてほしい、ということですね。2015年版(七訂)で算出した食事のエネルギー値と、2020年版(八訂)で算出した食事のエネルギー値の差よりも、残食などきちんと把握できない差のほうがはるかに大きいのですから。
――この点は5月に開催の食品成分表イベントでもご説明いただきましたし、なにより『栄養と料理』7月号でくわしくお書きいただき、エネルギー摂取量を把握するときに起こる見積もり誤差のほうが大きい場合があることは少しずつ理解も広まっているように感じます。
それでも、各自治体や施設で定められた「給与栄養目標量」に沿おうとすると、献立を変えなければならないというジレンマに陥りそうです。業務で求められている設定に対して、どう実践したらよいかむずかしいところだと思いますが、いかがでしょうか。
佐々木 なんのために仕事をしているかというと、数字を守るためや決まりを守るためではないですよね。人の健康を守るため、健やかに生きてほしいから仕事をしているのですよね。現実にそぐわない決まりがあれば変えましょうよ。
皆さんの声もあって、食事摂取基準は変わりました。推定エネルギー必要量が今では「参考表」という位置づけになっています。これは、このまま守るべき数値ではないということ、この数値をこのまま守ろうとして仕事をしないでくださいというメッセージです。
――食事摂取基準を武器にして、現場で理解を求めるということがよさそうでしょうか。
佐々木 厚生労働省が公的に作ったものですから使わない手はないですよね。
――学校給食の基準は文部科学省によるものですが、どうしましょう。
佐々木 学校給食摂取基準は「日本人の食事摂取基準」に基づいて設定されていますから同じことではないでしょうか。学校の給食基準が独立して作られたと書いてあれば、その中で解釈し運用すべきですが、「『日本人の食事摂取基準』を参考に設定し」と書いてあればその資料をみて解釈していいわけですよね。なぜその数値がありその数値はどのように使うべきなのか、という話です。
――それでも現場で栄養士が1人のところも多いですし、荷が重そうですね。
日本栄養改善学会・日本給食経営管理学会合同による食品データベースに関する連絡・検討委員会が「日本食品標準成分表の改訂に伴う実践栄養業務ならびに栄養学研究等に及ぼす影響と当面の対応に関する見解」を5月に公表しましたが、分野のトップや団体などが行政に働きかけてくれると現場も助かりますね。
佐々木 そうですね。けれども、これはあくまでも「見解」です。「そうしないといけないのだ」とは理解せず、「これくらいのことは理解できるように新しい食品成分表をちゃんと読まなければ」と考えていただき、そのうえで「自分自身の見解」を持ち、それにしたがって新しい食品成分表を使っていただきたいと思います。
コロナ禍では日本医師会をはじめ多くの医療従事者や団体が国に提言をしています。立派ですよね。職能団体でも現場でも、その持ち場の決定権を有する相手に理解してもらえる説明力が求められます。なにか変化があるとき、現場も最初は痛手を負うかもしれないけれど、10年後20年後を見据えて覚悟をもって行動していただけたらいいですね。
そして現場から国にもっと希望をどんどん出してもらいたいと考えます。
――どうやって出したらよいかわからないかもしれません。
佐々木 本来は職能団体の役割かもしれません。でも、本当はもっと自由にものをいえる社会であってほしいと思います。うれしいことに、今の時代、伝達手段がいろいろできました。きっと人は見てくれています。必要な場合には、もちろん関係する人たちへの配慮を忘れてはなりませんが、臆せずどんどん発信していくことだと思います。
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