佐々木敏
東京大学大学院医学系研究科 社会予防疫学分野教授
栄養士・管理栄養士の業務に必須の食品成分表。2020年暮れに文部科学省から公表された日本食品標準成分表は5年ぶりの大改訂となり、新たにおさえておくべきポイントがいくつかあります。
文部科学省の第十期食品成分委員会の委員も務めた佐々木敏さんに、アミノ酸成分表、脂肪酸成分表、炭水化物成分表の意義についてお話をうかがいました。
『栄養と料理』8月号で「脂肪酸とアミノ酸の時代が来た!? 「食品成分表」ーー改訂の舞台裏(脂質とたんぱく質)ーー」をご執筆いただいています。弊社書籍『佐々木敏の栄養データはこう読む!第2版』『佐々木敏のデータ栄養学のすすめ』にも関連話題があり、更新情報等はツイッター(@dataeiyosusume)でご紹介しています。ぜひ併せてご覧ください。
糖類とでんぷん(多糖類)を分けて栄養管理する時代へ
――まず読者の皆さんへの前提の確認になりますが、日本食品標準成分表は、「本表」と「組成成分表」に分けられます。「組成成分表」とは、本表に載っているエネルギー産生栄養素であるたんぱく質や脂質、炭水化物の内訳すなわち「アミノ酸成分表」「脂肪酸成分表」「炭水化物成分表」のことです。前回 のインタビューでは「本表」で項目の増えた炭水化物について解説していただきました。今回は「組成成分表」の意義と活用についてお話をうかがいます。
佐々木 「こう使わねばならない」ということと「こう使いたい」ということに分けられますね。
――ではまず、どう使わねばならないでしょうか。
佐々木 たとえば、「炭水化物成分表」なら、甘味を有する糖類とでんぷん(多糖類)とでは生活習慣病等への健康影響が異なります。齲蝕(虫歯)への影響も違う。“甘味を有する”といいましたが、そのさいに体が認識するのは砂糖という食品ではなくて、果糖やショ糖など、単糖類と二糖類を合わせた糖類です。ですから、「とってほしい量」や「これ以上とってもらいたくない量」についてのガイドラインは、糖類とでんぷんが別々に策定されるべきで、別々に使うべきです。
しかし炭水化物は、これまで糖類やでんぷん等を合わせた「炭水化物」全体で栄養管理がなされてきました。体への作用が違って、どのくらいの量にすべきかということを定めるための研究が世界にはたくさんありますが、日本ではその摂取量を調べるための「食品成分表」に炭水化物の内訳の成分値がなかったから、食事摂取基準でも糖類の摂取量の目安を示すことができませんでした。諸外国ではずいぶん前から糖類やでんぷんの量が示された食品成分表があったので、糖類とでんぷんは基準やガイドラインが別々に策定されていました。世界の研究を参考に日本人の食事摂取基準で設定することは不可能ではありませんが、成分表に載っていないと活用できないので、示す意義も薄かったわけです。
七訂で「炭水化物成分表」が公表され、八訂で「炭水化物成分表」が充実したので、近い将来、糖類とでんぷんに分けて考えることができるようになるでしょう。科学―栄養学が進み、日本人の健康にとってリアルな利益につながります。これはうれしいですね。
――喜ばしいことですね。「日本人の食事摂取基準」の次の改定(2025年版)では、糖類とでんぷんの摂取基準が分けて公表されそうでしょうか?
佐々木 すでに「日本人の食事摂取基準(2020年版)」 (p158)に反映させる必要がある課題として次のように書かれています。
「糖の健康影響はその種類によって同じではない。特に、糖類(単糖及び二糖類)と多糖類のそれでは大きく異なる。その健康影響は、その摂取量実態も含めて、日本人ではまだ十分には明らかになっていない。それぞれの目標量の設定に資する研究(観察研究及び介入研究)を進める必要がある」
炭水化物がまるごとになっている国は、先進国では今は日本くらいではないでしょうか。八訂の成分表によって変化が期待できるものの中でも、健康利益がいちばん大きいものだろうと思います。
“動物性たんぱく質”や“植物性たんぱく質”の言葉は栄養学では消えていく
――「アミノ酸成分表」や「脂肪酸成分表」のほうが歴史は長いですが、八訂でまたその食品項目数が充実しました。今後どのような変化が起きそうでしょうか。
佐々木 まずアミノ酸についてです。アミノ酸の種類による特性が明らかにされ、「動物性たんぱく質」という言葉が消えていくのではないでしょうか。体が認識するのは物質です。各物質が植物由来なのか動物由来なのかではありません。これはトリプトファン、これはアルギニン、これはスレオニン……そういう風に認識します。そしてそれぞれ異なる利用のされ方をしている。ですからアミノ酸ごとの健康影響の栄養学が進んでくると、動物性とか植物性とかの大きなくくりがなされなくなり、含硫アミノ酸だとかの類似物質ごとの小さいくくり、さらにはそれぞれ独立したアミノ酸の摂取量をはかり、食事指導が行なわれる時代になってゆくだろうと思います。実際に、この数十年でそのような変化が起きたのが「脂肪酸」ですよね。脂肪酸はぼくが大学を出るころはまだ「動物性脂質」「植物性脂質」とか呼ばれていました。
――同じ脂質でも作用が違うから2つに分けて考える……しかし注意点として「魚は植物性に分類」とか教科書に書いてあったように記憶しています(笑)
佐々木 今ふり返れば笑い話ですよね。魚は植物。今は脂質については、栄養学では動物性とか植物性とかで考えずに、飽和脂肪酸とか多価不飽和脂肪酸とかで見て考えますよね。同じ飽和脂肪酸の分類でも、鎖の短い短鎖の飽和脂肪酸と鎖の長い長鎖の飽和脂肪酸とで健康影響が異なるということもわかってきています。そして脂質・脂肪酸で起きたのと同じことがたんぱく質・アミノ酸で今まさに起こりつつあるところだと思います。
――栄養素のことをいうのであっても、「動物性」や「植物性」という表現は一般のかたにはわかりやすいと思うのですが、いかがでしょうか。
佐々木 一般のかたには引き続き使っていただくのがよいでしょうね。大切なのは栄養の専門職の脳内言語が「動物性たんぱく質」や「動物性脂質」になってはいけないということです。そして栄養学を学んでいない一般のかたがたが「スレオニンの健康影響」とかいわないようにしてほしいですね。「スレオニンだけたっぷりとればよい」と誤って理解してしまう人が出そうです。プロは組成成分表を熟知し、アマチュアに対してはざっくりと「これだけ覚えてあとは全部忘れていいよ」などと、少ない情報で最大の健康利益が得られるように情報を出してあげてほしいですね。
――しかし細かな成分の話を喜ぶ一般のかたも多そうです。科学的な雰囲気がしてもっともらしく響くので……。
佐々木 それでも、役に立たない細かいことを教えるのはプロではありません。「動物性たんぱく質」という言葉もうまく使って対象者の理解や実践に導く。しかし「動物性たんぱく質」という物質がなにかの病気に関係するというような思考は存在しない……のがプロだと思います。
――栄養士・管理栄養士に求められるものもどんどん高度になっていくように感じます。アミノ酸成分表や脂肪酸成分表は以前からありましたが、あまり使われていないようです。現場のニーズとはギャップがあるのかもしれませんね?
佐々木 以前は欠損値も多くて活用しにくい面がありましたが、この5年10年でかなり充実しましたから、これからはぜひ活用していただきたいですね。国がここまで整えてくれたわけですから、研究者も応えたいし、現場の専門職も基礎力として熟知することで専門性を発揮してほしいものです。
アミノ酸のサプリメントの本当の効果がわかってくる
――アミノ酸成分表や脂肪酸成分表で栄養業務上、注視したい成分項目とか世界で注目されはじめた成分項目はありますか?
佐々木 注意して摂取したいアミノ酸は特にありません。そもそも今はアミノ酸成分表がようやく整ってきたところで、やっとアミノ酸栄養の研究がスタートをきったところです。どのようにとったらよいかはこれからの話でしょう。
――今はスポーツ栄養とか高齢者栄養とか、企業をはじめ、アミノ酸に関する健康影響の情報発信もよく見るようになりましたが。「ロイシン」とか「BCAA」とか、近年ドラッグストア等でよく目にするようになったものがいくつかありますが。
佐々木 ご覧になったそれらの話題は、人が人為的に作る栄養素の話ですよね。食べ物に自然に入っている栄養素の話ではない。
――といいますと?
佐々木 通常の食品からとる食事をどうしたらよいかという栄養学ではなくて、サプリなど特定の物質を食事に加えてとる場合の栄養学ですよね。くり返しになりますが、通常食品からとるアミノ酸栄養学研究のスタートがやっときれましたから、これからは徐々に総合的に見ることができるようになってくるでしょう。
だから、現時点ではなんともいえません。たんぱく質やアミノ酸を補助すれば高齢者の筋肉維持・増強にいい影響があるというような研究報告も増えていますが、もともとの食事でどのくらいとっているかが書かれていない論文が少なくありません。ぼくたちは相当量のアミノ酸・たんぱく質を通常の食品からとっていて、さらにそこにプラスして特定のアミノ酸や特定のたんぱく質を食べたときにいいことが起こるかどうかを見てはじめて、効果がはかれるわけです。もともと食べている量がわからなければ本来その研究は成立しないはずなんです。
――もともとの摂取量を調べるのは大変そうですし、ふだんの食事にプラスしたらということでよい気もいたします。
佐々木 いえ、土台をはかることが大切です。「土台の量が同じAさんとBさんがいて、Aさんだけにさらに追加しました。追加によってこんな影響がありました」とはいえます。でもAさんとBさんの摂取量がわからなければ、足したことによって差が出たとしても、それを効果だとは認めにくい。もともとの摂取量によって、影響が出やすかったり出にくかったりもしますから、ある成分の摂取による影響を論じるには、土台となる摂取量の情報が不可欠です。これは世界共通の認識だと思います。皆さんが目にする情報はその部分が欠けている研究に由来するものが多いのではないでしょうか。
――なるほど。そしてアミノ酸のもともとの摂取量は「アミノ酸成分表」で推計できるというわけですね。以前は欠損値も多かったですが、「アミノ酸成分表」の充実によって、これからは各アミノ酸のもともとの摂取量もおさえた研究が増えてくるでしょうか。
佐々木 それを期待したいですね。どのサプリがどのくらい効果があるのか……本当のサプリメントの効果も、これでちゃんとわかってきますよ。
今すぐ積極的に活用したい「脂肪酸成分表」
――アミノ酸の健康影響については今後の研究に期待ということ、理解いたしました。残るは「脂肪酸成分表」ですが、いかがでしょうか。八訂では「本表」から「飽和脂肪酸」の項目が消えてしまって栄養業務には使いにくそうですが……。
佐々木 むしろ、「本表」にとどまらずに「脂肪酸成分表」をもっと活用すべきときが来たととらえていただきたいですね。アミノ酸の栄養研究はそれほど進んでいないのに対して、脂肪酸の研究はすでにかなり進んでいます。総脂質の時代から飽和脂肪酸、不飽和脂肪酸の時代に入ってさらにもっと細かく……飽和脂肪酸の鎖が長いものと短いものの違いまでわかってきました。不飽和脂肪酸は一価と多価に分けられ、多価はn-3系とn-6系に分けられ、すでに業務にも生かされています。「総脂質の時代は終わった」と強調していただきたいですね。脂質の栄養管理はもはや「脂肪酸成分表」まで踏み込まないとできない時代になっているはずなのですが……。
飽和脂肪酸の目標量を現場の皆さんはどのくらい気にかけているでしょうか。たとえば糖尿病の食事指導において、飽和脂肪酸をチェックしているでしょうか。総脂質で見ていませんか? 大血管障害のリスクがあるので、糖尿病においても脂質管理は重要ですが、意外と徹底されていない印象を持っています。今すぐ活用していただきたいですね。
遠くない将来、糖類の摂取に関するガイドラインなり基準が日本でも出れば糖類摂取量の管理も必要になってきます。アミノ酸の研究もこれから進めば「アミノ酸成分表」を駆使した対応も必要になってきます。そのときにすぐに現場で対応できるように備えるためにも、進んでいる脂肪酸については特に現時点で活用を進めてほしいと思います。
――「食品成分表」の改訂内容は栄養学の進歩に直接影響して、知らず知らずのうちに私たちの健康に役立つのですね。「栄養学は進む」ということ、その都度フォローしていくことが肝要ということを頭に刻みます。ありがとうございました。
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